天童古城主郭、礎石建物か 戦国では異例、きょう現地説明会

2020/10/24 14:03
岩盤地表上に礎石建物があったとみられる主郭跡発掘現場=天童市・舞鶴山山頂

 天童市の舞鶴山山頂で行われている天童古城の主郭跡発掘調査で、城主・天童氏の城は戦国時代では珍しい礎石を用いた建物とみられることが明らかになった。市教育委員会の調査班は24日午後2時に現地説明会を開く。

 調査は4年目の最終年度。城跡や遺構などを焦点とし、主郭中枢部の発掘を拡張した。調査班によると、城の姿を類推するため掘立建物が復元できる跡を探したが、柱穴の跡は数点しか見つからなかった。発掘後の旧地表面は、固い岩盤で覆われていることから、柱穴を掘ることができなかったとみられ、礎石に柱を据えて御殿を築造した可能性をうかがわせた。

 現在、主郭跡に建つ愛宕神社には、数多くの礎石が使用され、その多くに焼け跡や割れ跡がある。天童城は1584(天正12)年に山形城主・最上義光の攻撃で落城し、城破(わ)りによって焼けたり、割れたりした礎石が、同神社に転用されたとみられる。保角里志、大類誠の両主任調査員は「16世紀の戦国時代の礎石建物の城は、安土城(滋賀県)や山根館(秋田県)などが例外的にあるだけ」などと語る。

 天童古城は南北1.2キロ、東西1キロにおよぶ県内最大の山城で、強大な権力を誇った天童氏が戦国時代に本拠とした。山頂部の主郭は、造成工事によって現在の長さ約130メートル、幅約40メートルの平坦部にしたとみられる。

 問い合わせは市教委生涯学習課023(654)1111内線832。

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